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東京高等裁判所 昭和33年(ネ)1142号 判決

控訴人 窪田金一郎

被控訴人 国 外七名

訴訟代理人 川井重男 外二名

主文

一、原判決を次のとおり変更する。

二、第一審原告の本訴請求並びに第一審被告小坂隆雄の第一審原告に対する反訴請求(当審における請求拡張部分を含む。)をいずれも棄却する。

三、第一審原告並びに第一審被告小坂隆雄は別紙目録記載の土地建物が参加人の所有であることを確認する。

四、第一審被告国は参加人に対し、右土地建物の所有権移転登話手続をせよ。

五、第一審被告小坂隆雄の参加人に対する反訴請求を棄却する。

六、当審における反訴費用は第一審被告小坂隆雄の負担とし、その余は第一、二審とも(当審における参加費用を含む。)第一審原告並びに第一審被告小坂隆雄の負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

第一、本件土地建物の所有権の帰属

一、別紙目録記載の本件土地建物がもと第一審被告国の所有に属していたところ、大蔵省東京財務部長が昭和二十四年十月二十七日「東京公衆衛生学校設立準備会代表者窪田金一郎」に対し本件土地建物の使用を許可したこと、東京都中野区長が昭和二十五年一月二十日第一審原告を設置者とする東京公衆衛生学校の設立を認可し、厚生大臣が同年四月十日東京公衆衛生技術学校につき理容師養成施設たる旨を指定したこと、同日本件土地建物を使用して右学校が開校されたこと、第一審被告国が同年三月三十一日本件土地建物を代金二百五十九万四百五十四円で売渡す旨の契約をしたこと(但しその買主の点を除く。)、本件土地建物の売買は学校校舎およびその敷地として使用されることを目的として行われたこと、第一審被告国に対する本件土地建物の使用許可および売払申請については、東京公衆衛生学校設立準備会という名祢のもとに第一審原告および第一審被告小坂隆雄の連名の申請書によつてなされたこと並びに昭和二十七年七月二十一日参加人財団法人公衆衛生整美会が設立され、参加人が現に東京公衆衛生技術学校を経営することをその目的事業としていることは、いずれも当事者間に争がない。

二、成立に争のない甲第一号証、(中略)に弁論の全趣旨を綜合して考察すれば、次の事実が認められる。則ち、

第一審被告小坂隆雄はもと東京都板橋保健所長として勤務するかたわら、日本大学医学部教授の職にあつたものであるが、昭和二十三年八月頃から公衆衛生技術者の養成施設を設ける計画を抱き、旧知の訴外重枝貞臣、同小松卓郎らの協力を得て右計画の具体的実現に取りかかつた。一方第一審原告は昭二十四年二、三月頃第一審被告小坂隆雄と識り合うようになり、右第一審被告から前記計画を打ち開けられてこれに協力して貰いたい旨の要請を受けた。第一審原告は従来公衆衛生や学校経営などの経験が全然なかつたが、右第一審被告の要請を受け入れて共同して理容師および美容師の養成事業をやつてみようと決心した。そこで右第一審被告および第一審原告は共同して理容師および美容師の養成施設として東京公衆衛生学校(仮称)を設立することになつてその準備を進め、右第一審被告が校長となり、また前記重枝貞臣を理容部長に据え、講師などの人選をなし、而して第一審原告は理事長として右学校経営の実際を担当することになつた。而して右第一審被告および第一憲原告は右学校の校舎および敷地として国有財産の払下を受けようと考え第一審原告において当時大蔵省銀行局長をしていた訴外愛知撥一の紹介状を入手した上、同年七月頃ともども大蔵省東京財務部に都長井上義海を訪れた。幸にも同人はかつて昭和十二年頃満州において前記第一審被告とともに勤務したことがあつて旧知の間柄であつたことから国有財産の払下の問題が円滑に進み、結局本件土地建物の接収が解除されたときは、これを払下げてもよいということになつた。そこで前記第一審被告と第一審地原告は本件土建物を検分した上、その払下げを受けることにし、直ちに両名で前記学校の設立およびその設立後の運営を目的として東京公衆衛生学校設立準備会(以下単に準備会という。)を結成するとともに、昭和二十四年十月二十四日大蔵大臣に宛てて右準備会の肩書を附して連名で本件土地建物に関する「普通財産売払申請書」を提出した。前記第一審被告はすでに同年五月頃板橋保健所長をやめて新潟大学医学部教授に就任し、同大学に赴任していたので、本件土地建物の払下に関する東京財務部との具体的折衝および前記学校の設立運営の具体的処置を第一審原告が担当することを諒承していたので、第一審原告は前記普通財産売払申請書を提出した同じ日に東京財務部長に宛てて前記準備会代表者窪田金一郎名義で本件「土地建物使用認可願」を提出し、同月二十七日その使用許可を受けて(右許可の事実は当事者間に争がない。)本件土地建物の引渡を受け、自らの費用で本件土地上に仮事務所を建築し、校舎としての本件建物および備品等の整備をしたりなどして前記学校の開校準備をなし、同年十二月十五日東京都中野区長に対し自已を設置者として「各種学校」に該当する東京公衆衛生学校の設置認可書を提出して昭和二十五年一月二十日同区長からその設置認可を受けた上、同年四月十日東京公衆衛生技術学校を開校し(右設置認可および開校の事実は当事者間に争がない。)第一審原告を理事長、前記第一審被告を校長として本件学校が発足するに至つた。なおまた第一審原告は同年三月十五日本件学校の設置者として原生大臣に対し、その理容部を理容師法第二条および第三条に規定する理容師養成施設としての指定申請をなし、同年四月十日その旨の指定を受けた。(右指定の事実は当事者間に争がない。)

地方東京財務部においては、前記普通財産売払申請書に基づき、同年三月二十七日東京公衆衛生学校設立準備会窪田金一郎を申請者として、本件土地建物に関する普通財産売払決議をなした上、同月三十一日本件土地および建物につき各別に、売渡人を東京財務局長とし、買受人を東京公衆衛生学校設立準備会窪田金一郎とする国有財産売買契約書(甲第四、五号証、但し、いずれもその「設立準備会」の五文字が現在においては抹消されているが、その抹消箇所の上欄には「窪田」の印影のほかに関東財務局長の職印が押してあるから、特段の反証のない本件においては、右抹消は関東財務局長が権限に基いてこれをなしたものと解すべきところ、東京財務部が昭和二十五年法律第百四十一号大蔵省設置法の一都を改正する法律により同年五月四日関東財務局と名称を変更したものであるから、右抹消は同日以後第一審原告の同意の下に関東財務局長においてこれをなしたものというべきである。)を作成し、第一審被告国が本件土地につき代金を九十一万三千七百六十円、本件建物につき代金を百六十七万六千六百九十四円と定め、代金合計金二百五十九万四百五十四円で本件土地建物を払下げ、国の発行する納入告知書により指定期間内に買受代金を納付すべき旨の売買契約が成立するに至つた。(但し、その買受人の点を除き右売買契約成立の事実は当事者間に争がない。)而して本件土地建物は第一審被告国の普通財産に属するから、本来ならば会計法第二十九条本文により公の競争の手続によつて処分されるべきものであるが、本件土地建物の払下申請理由が本件学校の校舎および敷地として使用するというのであり、しかもまた本件学校が速かに法人格を取得するということであつたので、第一審被告国としては、本件学校が速かに法人格を取得することを期待し、これに本件土地建物の払下げをするというふくみで前記会計法所定の手続によらず、特に予算決算及び会計令第九十六条、第十九条に則つて前記売買契約を締結したものであつて、特に一私人を相手方としてかかる売買契約をする趣旨ではなかつた。このようにして本件土地建物の売買契約が成立したが、第一審被告小坂隆雄は本件学校設立の発案者であり、また本件土地建物の払下実現について多大の努力をした者ではあるが、元来公衆衛生学を専攻する大学教授であつて、その資力も十分というわけではなく、特に本件売買契約当時においては日本大学および新潟大学の教授を兼務していて多忙の身であつて、本件学校の設立および運営のために出資したり労力を提供したりすることができなかつたため、これらの実務はすべて第一審原告にさせていたので、第一審原告は本件学校の設立および運営については自ら相当多額の出捐をするとともに、その事務の大部分を執行して来たのであるが、本件土地建物の払下に成功し、本件学校が開校してその軌道に乗るとともに次第に専断の行いが多くなつた。しかも第一審原告はその頃第一審被告国から前記売買代金の納入告知書の発行を受けながら、指定期日内にその代金全額を払込むことができず、昭和二十六年十月頃には関東財務局からその督促を受けるに至り、また本件土地建物が本件学校のためのみに使用されていない疑が持たれ、そのために第一審被告国においては前記売買契約を解除しようとする意見も出て来るようになつた。そこで第一審被告小坂隆雄は同年十一月二十八日本件学校内において前記重枝貞臣、P・T・A会長佐瀬実、講師たる第一審被告安倍幸保と同席して第一憲原告と校舎の暖房施設について話合つた際、右五名を含む十三名の者で東京公衆衛生技術学校運営建設委員会(以下単に委員会という。)をつくり、本件学校を法人として運営しようということになり、その委員会長に第一審被告小坂隆雄を選んだ。それで右第一審被告は直ちに第一審原告に対し本件土地建物の買受人名義を第一審原告から右第一審被告に変更することに同意を求めたが、第一審原告がこれを拒絶した。しかるに右第一審被告は同年十二月六日付をもつて関東財務局長に宛てて前記委員会長小坂隆雄名義の国有財産買受人名義変更願を提出し、旧代表者窪田金一郎を新代表者小坂隆雄に変更されたい旨を申出た。これに対し関東財務局では本件土地建物は本件学校に払下げたものと解していたので、単にその代表者が変更したに過ぎないものとして右願出を承認し、同月二十二日本件土地建物の前記売買契約書における買受人の名称および代表者を東京公衆衛生技術学校小坂隆雄と変更し、その旨を前記第一審被告に通知した。ここにおいて右第一審被告は昭和二十七年三月二十五日第一審被告国の発行した納入告知書により日本銀行歳入代理店株式会社富士銀行本店に本件土地建物の代金二百五十九万四百五十四円を払込んだ。また第一審原告もさきに発行されていた納入告知書により昭和二十八年一月三十一日同銀行蠣殻町支店に本件土地建物代金を払込んだ。而して参加人は昭和二十七年六月一日第一審原告から本件土地建物等の寄附を受けた上、同月二十八日第一審原告を設立代表者として東京都知事に対し財団法人設立許可申請がなされ、同年七月二十一日その設立許可があつたので、同月二十九日その設立登記をなしたが、設立当初は公衆衛生特に理容美容衛生の進歩向上に必要な調査研究を行い且つこれを実施し健康整美で文化的な国民生活の達成に寄与することを目的とし、理事には第一審原告(理事長)のほか前記重枝貞臣ら六名が就任したが、現在はその目的事業として、前記目的を達成するため次の事業を行うとして、(一)理容師、美容師を養成するため東京公衆衛生技術学校を経営する、(二)公衆衛生、特に理容美容衛生並びにこれに伴う服装、食物、住居、礼法等に関する研究調査及び発表普及、(三)理容師、美容師の再教育、(四)業者の知識向上及び連絡提携、(五)模範的理容所美容所の設置経営、(六)その他この会の目的達成上必要と認める事業を行うこととしており、現に参加人は本件学校を経営しているものである。

以上の事実が認められる。原審証人小松卓郎の証言、原審における第一審被告本人安倍幸保、原審並びに当審における第一審原告本人(当審第一、二回とも)および第一審被告本人小坂隆雄本人(当審第一ないし第三回とも)の各供述中並びに前記甲第四十二号証中証人重枝貞臣、債権者窪田金一郎、債務者小坂隆雄の各供述を録取した部分中、前記認定に反する部分は前掲各証拠と対照して採用し難く、他に前記認定を覆すに足りる特段の証拠はない。

三、以上認定の事実関係によれば、第一審原告および第一審被告小坂隆雄は本件学校を設立運営するため準備会名義を使用して共同で本件土地建物の払下げを申請し、本件学校が法人格を取得するに至るべきことを具申してこれに払下げを受けたき旨を申請し、これに対し第一審被告国も本件学校が速かに法人格を取得することを期待し、これに払下げをするふくみで本件土地建物の払下げをすることにきめ、しかも本件学校の設立準備会名義を附した第一審原告並びに第一審被告小坂隆雄両名連名の前記普通財産売払申請に対し右設立準備会窪田金一郎一名を買受人として本件土地建物の売買契約書を作成し、その後右契約書における買受人の肩書から「設立準備会」の五文字を抹消し、また委員会長小坂隆雄名義の買受人名義変更願に対しても単に買受人たる本件学校の代表者が変更したに過ぎないものと信じていたからこそ、委員会長の肩書さえも削つて買受人の新名称及代表者として単に本件学校の肩書をつけただけで、第一審被告小坂隆雄を買受人と変更したものである。このことから考えると本件土地建物の買受人はやがて法人格を取得すべき本件学校であり、第一審原告および第一審被告小坂隆雄はともに法人格のある本件学校をつくる目的でその準備行為として本件土地建物の払下に関与したものと解するを相当とする。もとより第一審原告は本件学校の開校および運営について種々努力をしたことは前段認定のとおりであるが、これとても前示のとおり本件学校の設立経過に徴すれば、すべて本件学校のためにする行為であるとも言えるのであつて、これが直ちに第一審原告において本件土地建物の払下げを受けたことの証左とはならない。また第一審原告は本件学校の設置者としてその設立認可を受け、又理容師養成施設の指定を受けたのではあるが、それは本件土地建物の売払申請をなした後のことであり、本件学校の設置者たることが直ちにもつて本件土地建物の買受人であると即断することはできない。未だ法人格を取得する前に各種学校を開校しようとする場合、個人名義でその設置者となることもあり得ることだからである。また第一審原告が準備会の名称を付して本件土地建物の使用許可を受け、且つ買受人となつたことやその後「設立準備会」の五字が抹消されたこと、或いはまた第一審被告小坂隆雄が委員会長の肩書を付して名義変更願を出し、第一審被告国がこれを承認して本件土地建物売買契約における買売人名義を東京公衆衛生技術学校小坂隆雄と変更し、その旨第一審被告小坂隆雄に通知があつても、これらをもつて直ちに本件土地建物の買受人が第一審原告または第一審被告であると認める根拠とすることはできない。なお準備会または委員会が権利能力なき社団であるとなすべき確証はなく、特に委員会が本件学校の法人格取得のために実質的活動をしたとの証拠はないのみならず、前掲各証拠によれば、委員会なるものは一応つくられたが、直ちに内紛を生じて除名さわぎを起すに至つているのであつて、実質的に現存していることを窺わしめる資料は存在しない。而して参加人は現に本件学校の経営をその事業目的とし、現実に本件学校を運営しているものであつて、実質的に本件土地建物の払下にあたつて設立を期待され、かつ結果的にはその払下目的を実現している財団法人であり、第一審原告からは本件土地建物に関する権利の寄附を受けており、又第一審被告小坂隆雄に対しては本訴提起により、本件学校のためにした行為につき受益の意思表示をしているから、第一審原告および第一審被告小坂隆雄のなした本件土地払下に関する前示諸行為の効果はこれにより参加人に帰属し、本件土地建物の所有権は参加人に帰するに至つたものというべきであるから、参加人は直接売主たる第一審被告国に対し、本件土地建物の所有権移転登記手続を求め得べきであつて、必ずしもその売買契約上の名義人が一且その所有名義を取得し、然る後にこれを参加人に移転しなければならないものと解する必要はない。然らば第一審原告および第一審被告小坂隆雄に対し本件土地所有権の確認を求めるとともに、第一審被告国に対してその所有権の移転登記手続を求める参加人の参加請求は正当としてこれを認容すべく、第一審原告もしくは第一審被告小坂隆雄が本件土地所有権を有することを前提とする本訴および反訴請求部分(当審における請求拡張部分を含む。)は遂に失当としてこれを棄却すべきものとする。

第二、第一審原告の占有権に基く請求について、

第一審原告は、国以外の第一審被告らが第一原告の本件土地建物の占有を妨害するおそれがある旨主張するが、前示認定事実に徴すれば、第一審原告は参加人が財団法人として設立されるまでは第一審被告小坂隆雄と共同して占有していたものであり、参加人の設立後は理事として占有しているものであつて、個人として本件土地建物の占有権を有するものではないから、現に第一審原告が本件土地建物の占有権を有することを前提とする右請求は理由なきに帰するから、右請求部分も失当としてこれを棄却すべきものとする。

第三、第一審被告小坂隆雄が当番においてなした参加人に対する反訴請求について、

参加人が控訴審になつて初めて訴訟参加をなし、かつ第一審被告小坂隆雄の参加人に対する右反訴請求が右第一被告の第一審原告に対する反訴とその請求の基礎を同じくする本件の場合においては、右反訴請求は反訴被告たる参加人の同意がなくてもこれを許されるべきものと解するを相当とする。しかしながら、右第一審被告の参加人に対する反訴請求の認容できないことは上記説述の理由により明らかであるから、右反訴請求は棄却を免れない。

第四、結語

以上のとおりであるから、当裁判所の結語と異なる原判決はこれを変更すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十六条、第八十九条、第九十三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 谷本仙一郎 野本泰 海老塚衛)

目録〈省略〉

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